伊勢市営・倉田山球場に建つ
沢村栄治・西村幸生胸像
沢村栄治像
伊勢市岡本町一丁目
山本馨 建立
世話人
伊勢市一ノ木町
元南海軍選手中野正男
彫塑家
富山県小杉町
砂原放光
鋳造家
高岡市野村
古城製作所
昭和四十八年三月二十日

沢村栄治像(上段)・碑文

故 沢村栄治投手
経歴
一、三重県宇治山田市岩渕町に生れる
一、三重県宇治山田市明倫小学校にて野球を始める
一、昭和六年京都商業学校に入学野球に入部する
一、昭和八年全国選抜中等学校野球大会甲子園に出場
一、昭和九年全国選抜中等学校野球大会甲子園に出場
一、昭和九年夏の全国中等学校優勝大会甲子園に出場
一、昭和九年秋全日本軍に入団する
一、昭和九年全日本軍が巨人軍日本職業野球団と
成り沢村栄治投手も入団する
一、昭和十二年日本職業野球最高殊勲選手と成る
一、昭和十九年大東亜戦争に応召と成る
一、昭和十九年比島方面にて戦死する
以上
昭和四十八年三月二十日
西村幸生像(下段)・碑文

西本幸生君は明治四十三年十一月十
日伊勢市大世古町に出生 大正十二年
厚生小学校から県立宇治山田中学に入
学 野球部投手として山中黄金時代を
築き 昭和六年関西大学に進み 野球
部主将兼投手として四シーズンにわた
り連続優勝 同十二年阪神タイガース
に入団 主戦投手として同十二年十三
年の両年日本選手権試合で連続優勝
同十五年渡満 同十九年三月応召 同
二十年四月三日比島バタンカスに於て
名誉の戦死を遂げらる 中学大学プロ
野球を通しいづれも黄金時代を築き上
げ 不滅の名投手として野球史上に輝
かしい功績を残された選手である

西村幸生像
昭和五十年三月三十日
船陵クラブ建立
彫塑 松阪節夫
2002.2.16撮影