2002・7・13 in 松山坊っちゃんスタジアム
 松山が生んだ俳人・正岡子規が野球殿堂入りした
ことを記念して、当時の野球を再現するというイベント
が行われました。
 道具やルールを当時のままに再現するということで
ボールやバット、グラブ(手袋)も文献を紐解きながら
一から作られたそうです。


▲パンフレット
俳句の街・松山らしく、参加した選手たちの
多くが、俳句でコメントを寄せています。


▲入場整理券
当日はプロ野球オールスター戦が行われるため
午前11時で打ち切りと決められていました。
松山商は、いわずと知れた野球王国・松山の
名門校です。元プロ選手も参加していました。
(千葉茂、空谷泰、千田啓介、藤原満、西本聖の各氏)
ユニフォームは明治40年頃のもの、胸の『C』は
commercial=商業を意味しています。

▼松山商業高校OB有志

▲松山東高校OB有志
松山東高校は正岡子規の母校、旧制松山中学の
流れをくむ学校です。一時期松山商業と合併して
いたことがあり、その時に甲子園で優勝しています。
ユニフォームは同じく明治40年頃のものです。
胸にアーチ型で『MATSUYAMA』と書かれています。

始球式は松山市長でしたが、打者役に登場したのは
松山商OB、千葉茂氏でした。もちろん拍手喝采です。

▼打席に向う千葉茂氏

中央(松山商の左端)でお辞儀しているのが千葉氏
千葉茂氏はイベントだけかと思いましたが
試合開始の挨拶にも登場し、後方に見える
ベンチでしばらく楽しそうに観戦されていました。

万が一に備えて待機するお医者さんと看護婦さん
明治時代風の服装ですが、本物です。



試合開始を告げる審判。

 左手に持っているのは
鐘です。これを鳴らして
試合開始を告げます。
 当時の服装に忠実にと
いうことで黒の紋付袴姿
で走り回ってました。
 審判は一人だけなので
フライが飛べば打球方向、
ゴロが飛べば1塁方向に
走りながら審判します。
 当日は快晴の真夏日、
大変だっただろうと思い
ます。
さあ、試合開始です。投手はアンダースロー、
下の四角はピッチャースボックスです
ここからはみ出して投球するとボークです。

写真の投手は元・巨人の西本聖氏。


審判は打者に正対しています。
当時は打者が投手に対して、高・中・低の
ストライクゾーンを指定する事が出来ました。
写真で審判が右手を上げているのは、
打者が高いコースを指定した事を投手に
伝えているところです。

左の写真は全体を見たところ。

捕手はベース後方4mに位置しています。
ホームベースは他の塁と同じ四角形をしています。
投手は現在よりも打者に近い位置から投げています。
捕手後方の網が当時のバックネットです。
外野手は素手です。当時のルールではワンバウンド
捕球でもアウトになっていました。