捕手に絶對服従か
投手の「承知」「不承知」が分らぬ

井川 「アメリカでは誰が評判の捕手でせうか」

「私はデトロイトのバッスラーと、ワシントンのルーエルが好いと評判を聞いてゐました。けれども實際に各チームの試合振りをみてゐると、その捕手に甲乙をつける事が出來ない程、皆優れた技量を持つてゐます」

井川 「けれども皆それぞれに特徴があるとは思ひませんか」

「私にもそれは認める事が出來ます。一軍を引緊めてゆくに巧みな者、投手を助けてゆくのが上手な者、捕手としての技量の他に打撃に秀でた者……等といつた工合です。然し一回や二回のゲームを見た人では實際その捕手の眞価を評する事は、私には難しく思はれます。どうしても感じといふ奴が先に來てしまひます」

井川 「私もその通りです。その上今まで耳にしてゐた評判も手傳つてしまひました、私達が見てゐたゲームにだけ出來がよかつたのかも知れないし、或は其の時に限つて調子が悪かつたのかも知れませんから」

「さうさう、私はバッスラーの事を言ふのを忘れてゐました、さあ一言にいへば、何といつたらよいでせう?何度となく見たのでないから……」

井川 「バッスラーは打撃が良いのぢやありませんか」

「勿論です。彼は捕手中でも殊に打撃が利くので有名ですが、彼の捕手振りは、何と形容したらよいでせう?矢張りタイカッブ型とでもいふのでせうか、ドッシリと構へたところは……」

井川 「投手は全然何もかもバッスラーに任してゐるやうです」

「あのくらゐ古狸の捕手になると、投手がすべてを任した方が得策でせう。無論ゲームの始まる以前にタイカッブなんかが、投手に相當好い智慧をつけて置いては呉れるでせうけれど」

井川 「ナショナル・リーグの捕手をモット見たかつたと思ひます」

「何しろブルックリンとヂャイアントを一回見たきりだから」

井川 「私は巨人軍のスナイダーが好きです」

「私もスナイダーが好きです。打撃はいゝし第一に身体が立派です」

井川 「肩も強いさうです。昨年巨人軍が世界選手権試合に惜しくもワシントン軍に敗れてしまつた其の原因の一つは、スナイダーが肩を悪くして出場しなかつた為だといはれてゐます。それ程彼の強肩は威力を持つてゐます。現在はまだ素敵もなく好い肩といふ程ではありませんが、いつも両リーグの選手争奪戦が初まる頃が、一番肩が良い時だつたさうです。二塁へ投げる球をフリッシュですらも、手を引きながら捕つたさうです」

「捕手の守備に就いて、何か変つた事はなかつたでせうか」

井川 「さうです。別にコリャ好いなァと感心する程変つた事はありませんでした。私もアヽいふ風にやりたいとは思ひますが、何しろ此の腕が言ふ事をきいちや呉れません。二塁へ投げる――二塁から投げ返して來る――それをまた二塁へ投げる――まるで機械です。正鵠なるべき時計の機械にも、時折は狂ひが出來るのと同じやうにたまには投損じがありますが、ほんたうにまるで機械のやうぢやありませんか」

「打者がバントする、球は転々として三塁方面へラインに沿うて三塁手に捕ふるに困難、さりとて投手が拾ふに難しいところへ匍つてゆく……此の打球をバットに音がするや否や、拾ひに走る捕手の隼の如き速さには驚かされます」

井川 「あれは熟練の結果に外ならないですね、私だつて一生懸命に稽古したら、アレ程でなくとも可成の速さにまで出來ると思ひます。然し私達は、それを練習するより投捕球をモットやらねばならないので、そこまで手が届かない次第なんです」

「今度二人で練習してみようか」

井川 「よしんばそればかり巧くなつたところで、肝腎の投捕球が下手ぢやお話になりませんしね」

「それぢや矢張りおやめか……」

井川 「日本では、捕手が投手に或る種の要求する時、サインを出し投手はそれを見て「承知」「不承知」を現はすに首を上下左右に振る事に依つて示してゐたが、メイヂャーリーグの試合を見ると捕手がサインを出すと、投手は首なんぞ振りつこなしに、直ぐ投球してゐたが、森君も氣が着いてましたか」

「メイヂャーリーグの最初の試合を見た時から氣がついてゐたので、それから後もすべてのバッテリーを注視してゐましたが、日本のやうに首を振つてゐる者はありませんでした。私も投手時代に首を振らずして何か好い工夫はないかと一頃頻りに考へて見ましたが、どうも巧い考へもなくそのまゝにしてしまひましたが……ほんとうに好い事です。敵軍にサインを看破される程度もすくないでせうし、それに試合も遅滞なく進行するでせう、観衆にもいゝ感じをたしかに與へると思ひます。どんなサインを使つてゐるのか發見出來ましたか?」

井川 「確かに日本で普通捕手のやつてゐる通り、股間でミットを上から蔽つて、右指でサインを出してゐるらしいが、果してどんなサインを用ゐてゐるのかはつきり分りません、ヒョットすると投手は捕手のサインに絶對服従をしてゐるのでありますまいか」

「投手が絶對に捕手のサインに服従と仮定して、ショークやバッスラーのやうな捕手だつたら差支へないかも知れないが、若しも投手より捕手の方が若く経験に乏しい時には一寸困りますね。そんな時にはマネヂャーから捕手にサインが出て、捕手はたゞそれを投手に傳へるだけかも知れません」

井川 「それとも何か他のサインで「承知」「不承知」を投手が捕手に傳へてゐるのかも知れない」

両人 「兎に角二人で研究してみませう」

大阪毎日新聞・大正14年8月19日

豫想以上に巧い守備
思ひ切つた守備位置の変更

木造 「それではフィルデングの一般に移ります……」

「ワシントンは揃つてゐて聯絡のとれてゐると云ふことでは第一でせう、ブルージ(三塁)ペキンボー(遊撃)ハリス(二塁)ジャッヂ(一塁)等がダブルプレーを演ずるあたり、何とも云へない味があります」

二神 「私も森君の説に賛成で、ワシントンがフィルデングでは、優れてゐると思ひました、初め見た時は、さうも思ひませんでしたが、段々とビッグリーグのゲームに馴れて、他のティームを見ると矢張りワシントンが第一位にあると思ひました、ペキンボウ、ハリスの聯絡、型の様な投球、水ももらさぬ守備は外野の鐵壁と相待つて危機を防ぐに十分です」

高須 「さういふ彼れ等にして、二塁後方に打たれた小飛球を、ハリス、ペキンボーが捕へんとして衝突顛倒し、ついに球を捕へることが出來なかつたのを見て、滑稽に感じました」

菅井 「デトロイトも仲々よい守備をもつてゐるチームだと思ひます。外野にウインゴー、カッブ、ヘイルマンの三人が頑張つてゐるところは形容し難い凄みが有ります、尤もこのチームに良いピッチャーが足りないのが欠点で、それさへあれば鬼に金棒です」

小野 「守備といへば當りが強い為めか、又は肩の好いためか、内外野共に馬鹿々々しく深く守つてゐました、日本ではとても思ひも及ばない深さです」

二神 「外野の守備位置が深いせいか、オーヴァーされた球でも、二塁打ぐらゐに止まります、これは一には野手が肩が強いためで、羨ましいのは彼等の肩です、尤も外野の守備が深いから従つてテキサスになる球も多いやうです」

渡邊 「流石はメージャーリーグで内外野手から各塁への投球の正鵠な事には、嘆賞の外ありませんでした」

川越 「どのチームを見ても、身体が正しい時も、崩れた時も、投捕球の確實には今更ながらに感心させられます、自分の思ふ通り球を自由に扱ふといふのは彼等のことです」

腰本 「日本で想像してゐた以上に守備の巧いのに驚きました、特に一塁と捕手に至つては、バントであらうが、横にそれた球であらうが、手のとゞく範囲であれば樂々とこれを掌中にするのには感心しました、内野手のエラーが少いのは、一塁手が何でもかんでも球を捕つて呉れるからで、日本の一塁手と比較して隔段の相違を認めました、尚打者によつても内外野の守備位置の変更等は各ティームとも大体一致して居り、特に目立つたのは左打者に對する左翼遊撃の守備位置を余り変へない事でありました」

井川 「各打者及び場合々々に應じて、その位置を変更する事は勿論ですが、ルースとかゴスリンとかの特別な打者に對しては、嘗て聞いてゐた如くずゐ分思ひきつた守り方をしてゐました」

川越 「ヤンキーのミューゼル(左翼手)の如きは、ワシントンとの試合でゴスリンが打者の場合、位置を換へた上、身体を中堅手の方へ斜めに向けて守備してゐます」

大阪毎日新聞・大正14年8月20日

學ぶべきプレー
守備範囲の廣い三塁、一塁

高須 「又内野手がファンブルした場合に、それを思ひ切らずに、直ちに拾つて投球するその迅速なる事、及び内外野共に各自バックアップする事をおこたらず、完全に行つてゐる事は感心しました、一塁にランナーがゐる時、バントされた球を拾つた野手に對して、捕手は投げるべき塁を大声で教へてゐるやうな事は、些細であるが學ぶべき重大な事です」

桐原 「一塁手の巧いのは、私も實に驚きました、あの位の一塁手を持てば内野手は随分樂な氣持で投げることが出來るでせう、それから三塁手の深いことは驚く程で而も打者がバントの構へをした時は猛烈な勢ひで突進して安打性のバントを度々殺しました、又捕手のファウルフライを捕ることの巧いのは日本人とは比較にならず、初め球の上つたときは、球を見ずに音で見當をつけて行くさうで、好くあれ迄耳を馴らしたものだと感心しました、内野手が走者にタッチするとき、余程急な場合の外は必ず両手或は右手に持ち変へてタッチしてゐました、誠にこれは私等が學ぶべき点です。
 そして非常なクローズ・プレーである場合は走者に飛びついてタッチしたこともありました、ヤンキースのワードが當然二塁打と思つたのに、ベーブルースから投げて來た球を捕るや否や走者も見ずに後方に飛び込んで、偶然にも走者をアウトにした事がありました」


井川 「捕手が各塁への投球のいゝ事は、あの敏速なランナーにさへ殆どまともでは盗塁するの余地を與へません」

渡邊 「投手のバントに對する守備範囲は非常に狭く、大抵の球は三塁、捕手、一塁手によつて守備される代り、投手が一塁に入るか、或ひは二塁手が一塁をカバーする事を實行してゐます」

「投手の守備範囲が狭いといへば、ビッグリーグではありませんがこんな面白い事がありました、ポートランドで私達がナイトオブコロンバスと試合の折、菅井君が三塁の走者であつた時、私がバントをした事がありました、そのバントは三塁側で殆んど投手の側へころがつたのに、投手はそれを捕へようとせず三塁手がこれを手にしたが、時既に遅く、菅井君易々本塁を得ました、これは投手が狭く守備するに馴れた極端な例かもしれませんが、後できけば投手にバントされたので、三塁手が一塁手がバントを守備する筈の意表に出られ、大いに面喰つたといふ話しで大いに學んだというてゐたさうです」

川越 「私は数年前あるビッグリーグの外野手(右利)が、捕球する刹那の寫眞(右足を前に出してそれと反對に左足を後ろにしてゐました)を見ました、その時これは珍しい、次の動作に移らんがための用意だと感心したことがありました、この捕球法を私はタイカッブによつて事實を示されましたのを喜んで居ります」

井川 「日本のチームでは、試合前の練習におけるフィルデングの動作は、相當に敏捷ですが、いざ試合になると、どうも動作が遅いやうに見えます、それは實戦に際しての判断が悪いのと、投球にそれ丈けの自信がないからでせうが、ビッグリーグの連中は、試合に於ても練習の時と少しの変りもない否それ以上の動作を發揮してゐます、だからダブルプレイ等のきはどいプレイをしばしば容易に行ひ得ると思ます」

二神 「遊撃手は我々はペキンボウに接したゞけで、不幸にして他の名遊撃手を見ませんが、バンクロフトは先づ一位に置かるべき人だ。目下ジャイアントの遊撃ジャクソンも、若いだけに前途が有りピッツバーグのグレンライトもキビキビしてゐるさうで、記録から見ても優れてゐる人ですから間違ひないと思ひます、その他デトロイトのターベナーやクリブランドのシュウエルでも皆錚々たる人です。
 二塁手もまたいゝ選手揃ひでコリンスを始めとして、フランク、フリッシュ、ワード、ハリス、ビショップ、ホーンスビー等の名選手が大勢居ます、此等の遊撃、二塁手に守られてゐる内野は、余程好い當りが間に行かなければ安打になりません、ランナーなんかゐる時はそれこそダブルプレイは必ずやられます、それにつけてもフリッシュを見ることが出來なかつたのは僕の一番残念なことです、僕等は期待が大きかつたゞけそれだけ失望が一層大きいわけです」

大阪毎日新聞・大正14年8月21日