走塁は巨人軍
エキストラ・ベースを得る努力

木造 「今度はベースランニングに移りませう」

小野 「先づ第一に眼についたのはコースト・リーグと比較にならない程の、走力があつた事です」

高須 「投げたり、捕つたりする事は、左程の懸隔があるやうには思へないが、走塁に於ては、著しい差がある事が發見されました、殊に彼等が走者となつた場合に、如何なるベースにむかつても全速力を以て疾走する事、且又常にエキストラ・ベースを得んと努力してゐる事等は殊に眼につきました」

桐原 「スライディングが非常に猛烈で、セーフになるや否や、起き上つて次のベースを取る用意をしてゐます、そして僅の野手のファンブルをも利用して、冒険的の盗塁を敢行したのを度々見うけました」

川越 「普通の盗塁が難しいために打つた時に野手のファンブルに乗じて、足の速いを利用して乱暴と見える盗塁をするのぢやありませんか、一塁及三塁に走者ある時、一塁走者は殆んど二塁に向はず、打者の安打を待つてゐるのを定石としてゐるやうに見ました」

井川 「打者と走者との連絡が實に好くとれ、ヒット・エンド・ラン等を平氣でやつてゐるのは、羨ましく思はれました」

腰本 「私は打者が走者となつた場合の、一塁に向つての走塁に感心しました、例へば内野へ普通のフライを打揚げた場合、走者が一塁を全速力で走り過ぎて二塁に邁進する事を忘れず、又投手にゴロを打つても一塁へ全速力で走り、一寸のハンブルを利用してセーフになるのを見ました」

「ベースから出過ぎる程の打者も見うけなかつたし、又投手が打者に投げた瞬間にスタートをつけない走者も見うけませんでした」

小野 「ランニングは皆非常に速いので、中に一人二人あるところの割合に遅い走者が、眼立ちました。日本へ來たミューゼル(兄)等もその例ですが夫でも日本のチームの中へ入れたら無論速い方でせう」

渡邊 「一塁へスライディングするといふ事を聞いてゐましたのに、今度は殆んどこれを見ませんでした……尤もスライディングするやうな場合がなかつたかも知れませんが……」

木造 「それぢや走塁の速いチームと個人を擧げて下さい」

二神 「矢張り巨人軍が揃つて速いと思ひました、ヤング、ジャクソン、ウィルソン、サウスオース、リンドストロム等の錚々たる連中がゐますし、なほ負傷のために見る事が出來なかつたフリッシュは此連中よりも一層速いんださうですからチームランニングとしては申分ないぢやありませんか」

高須 「同感、その他ホワイトソックスのコリンスは言ふ迄もなく、モステイルの如きは早いばかりでなく、巧みなる走者だと思はれます」

桐原 「私はカッブ、コムスも好い走者だと思ひます、カッブは私等の見たゲームで、勇敢な盗塁を行つたり、猛烈にして巧みなスライディング等をしていろいろ學ぶべきところを見せて呉れました」

菅井 「私もモステイルが巧い走者だと思ひます、さすがは頭で走るといはれてゐるお師匠さんコリンスのお仕込みだけあつて、對フィラデルフィアとのゲームに敵の裏をかいて盗塁をやりました、彼れは投手の牽制球で一塁にかへる時足を挫いた様な格好を見せ、次の投球で二塁を奇麗に盗んだのです。誰れも盗塁をしまいと思つてゐる時、盗塁したので立派に成功したのです、矢張り頭で走るといふことが出來るかも知れません」

二神 「スタート、ランニング、スライディングが完全に出來てこそ盗塁は成功する可能性があると思ひます、その好例はコリンスで、最早四十に近い年で、尚ほアメリカンリーグ中の走塁王と云はれてゐるのは、足のみでなく三拍子揃つてゐるからでせう」

内海弟 「三拍子揃つたといへばタイカッブもその一人で、敵の少しの隙も見逃さない彼れの慧眼には敬服しました」

新田 「ワシントンにも好いランナーがゐます。マクニーリー、ライス、ゴスリン、ジャッヂ等は何処に出しても恥しいランナーぢやないと思ひます、殊にマクニーリーは一流中の一流ランナーともいへるでせう」

大阪毎日新聞・大正14年8月16日

投手は樂々と投げる
球勢の変化とコントロール

木造 「それでは今度は守備方面に移ります、その第一として投手について小野君と渡邊君に話して貰ひませう」

渡邊 「私の想像してゐたメイヂャーリーグの投手の投球振りは、一見して全然期待を破られました。それは試合に臨んで力まかせに投げることはなく、案外樂々と投球して他の野手を十分信頼してゐる所がよく現れてゐるのです、一般に打たせ主義であり、味方の失策に接した時も、顔色や態度を少しも変へる事なく、投球する所は流石に落着いたもので、日本のチームでは見られない所でした」

小野 「全く投手が懸命に投げると云ふ事はなく、易々と投げてゐるには驚かされました、他の野手は一生懸命に又眞面目過ぎる位にやるのに比べて、投手は無雑作に投げる様に見えました」

渡邊 「それでも一旦ピンチに襲はれた時は、自分の最も得意とする球を投げますね、その得意の球を有効にするため、その前の一球は丁度軍隊の斥候か前衛といつた様な、警戒的投球をしますし、又驚いた事はこれ等メイジャーリーグの投手が、一回のゲームを通じて投げ通すものが殆んどないことゝ四球の多い事です」

小野 「打撃の進み過ぎた米國球界では投手は全く可愛想です、どんなに速い球でも鋭いカーブでも、平氣で打ち飛ばされ、最も得意な球でも大して威力がないから、どうしても警戒的投球もする様になり又四球が多くなるのも無理はないでせう、つまりコントロールが好くても、狙ひ過ぎるからでせう、あれ丈け打たれては無暗に馬力を出すよりも、調子をはずして打たれても飛ばぬ様にスローボールを盛んに使ふやうに見えたが、それは尤もな話しです」

渡邊 「スローボールを投げて成功してゐるのをよく見ました、だがスローボールといつても日本の様に極端にスピードを落とすのでなく、僅かに球勢を変へて弱点へ投げ込むのです、球勢も色々に変へて例へば十のスピードを六位にしたり、八位にしたり、又は三位にして、その間に無論カーブの球勢も色々に変へるのです」

小野 「さう云へばホワイトソックスの投手若いライアンはこの球勢の使ひ分けが實にうまかつたです」

渡邊 「それは投手の腕は無論ですが、捕手ショークの頭が非常に好く、巧みに指導したからです」

小野 「名捕手ショークの指導も好いのですが、ライアン投手のコントロールが好いので、自然結果も好いのです」

渡邊 「コントロールといへば前にもいつたやうに少し調子が狂ふと驚いたもので、四球を案外に多く出します。ヤンキーとデトロイトの試合でヤンキーの投手が四人も交代して尚デトロイトの攻撃を喰止める事が出來ませんでした、此の四人の投手の中には四球丈け出して押し出しをして交代したものもありました。ニューヨークジャイアントの投手ネーフも延長十二回の試合を押し出しをして勝つてゐたゲームをむざむざ負けてしまつたのも見ました」

小野 「ネーフは一流中の一流の投手で、あの様な事のあるのは稀れで、その投球態度といひ曲球も速球も鋭く、無論コントロールも好く、打者の欠点を狙つて投げ、投球動作はどんな球を投げるにも同様の投げ方で、名投手としての條件を完備してゐたのですが、たゞ観衆の猛烈な彌次に、精神状態が狂つたのは見逃すことが出來なかつた点です」

渡邊 「流石にジョンソンは其処へ行くと落付き払つたもので、大きい身体を重々しくプレートに置き軽いサイドスローで猛烈な速球、曲球を投げるのには驚かされました、聞く所によれば若い時には猛球で三振を多く得たのであるが、近頃は矢張り打たせて取る様にピッチングを更へて老巧味をよく表はしてゐるさうです、この老大投手も左打者は非常に苦手で、デトロイトは好く左打者を並べてジョンソンを苦める相です」

小野 「ウォータージョンソンと云へば只速い球で打者を悩ますのかと考へてゐたら、さうではなく、矢張りコントロールと交ぜ方を好くして得意の猛速球は多く使はない様です」

渡邊 「速い球ならどんなに速くても平氣であると豪語してゐる大リーグの選手には、無暗に馬力を出して速球を投げて大きく打ち飛ばされるよりも、少し頭を使って巧く投球を交ぜた方が余程得だからでせう、名投手は皆軽々と猛球を投げ私等の大きいモーションはいけないらしいがどうでせう」

小野 「そんな事があるものですか。昨年の優勝投手で最も好成績であつたブルックリンのダッヂィバンスの投球振りは、恰度君の様で、又デトロイトの正投手ホワイトヒルも、大きな大きなモーションであの様に打者を捻つてゐるではありませんか、いくら大きなモーションでもどんな球を投げるか観破されなければ好いのです、ダッチーバンスの猛球はジョンソン以上で、ストラック・アウトも非常に多く最近十七も三振を取つて自分でホームランを打つて勝つたりしてゐる所は、全く君そつくりといつてもいゝ位ですぜ」

渡邊 「おだてちやいけない、でも全くネーフやジョンソンを見た時には、モーションが小さいので悲観したが、あながち大きなモーションが悪いといふ事はなく、これを巧に利用するかしないかによつて、結果にも表はれて來るのです。これから巧く利用するやうに努力したいものです」

大阪毎日新聞・大正14年8月17日

精悍無比のショーク
投手には誠に有難い女房役

小野 「スピット・ボール投手としてワシントンのコペレスキー・ルーサーの投球振りも一寸変つてゐましたね、殊に如何にも老人らしく見えてゐるにも拘らず奮闘してゐるコペルスキーには感心させられました、スピードも大してなく老巧其ものゝ様であつたのです」

渡邊 「スピードのないのではヤンキースのペノックとジョンスには一層驚かされました、ペノックは來朝した時に投げてゐたのと、ちつとも変らずヒネくれた弱々しいカーブやシュートで、打つて取る主義で、全く頭の投手である、ジョンスに至つては、緩球のみで、打つても飛ばないらしく、何処にうまい所があるか解らずに終つてしまひました」

小野 「わからないといへば、費府アスレチックスのロメル投手の緩球のカーブは、尚判らなかつたですね、捕手が弱い球に限つて、ポロリポロリ落すのでどうしたのかと思つてゐたら彼の最も得意とするもので、上下左右何れに曲がるかわからないのださうです、けれ共この球はコントロールが付かないので困るらしいんですよ」

渡邊 「さうかと思ふと、試合の初めからはどうしても出られない投手がある、ワシントンのマーベリーなどがそれで、若くて身体は大きく、猛球の持主であるが、試合の初めからはどうしても出來ないさうで、その代り試合の後半から出ると、非常に好い成績で毎日でも投げると云ふ元氣者です」

木造 「次に森君と井川君とに捕手について話して貰ひませう」

「捕手ぢや誰がよかつたでせう」

井川 「先づホワイト・ソックスのショークでせう」

「私もさう思ひます、ショークの動作を見てゐると、慶應普通部の捕手出口君を想ひ出しますね。實際彼は矮小な身体でありながらよくあれほどに頑張れたものですよ」

井川 「精悍そのものと言ひたい」

「どうです、あの元氣一杯にプレーしてゆく所は……投手は大助かりですぜ」

井川 「ほんとうに投手は有難いわけだ、大概の事は捕手の方でやつて呉れるぢやありませんか、あゝいふ風に捕手が投手を導いて呉れると、専心に投球が出來るわけですがね」

「程度問題ではあるが、少々下手な投手でも、ショークを女房役にしたら、たしかに何割か出來をよくする事が出來ると思ひますね」

井川 「苦しい立場になつた時、あゝした捕手があつて、無限に力づけて呉れると、自然に巧い考へが浮んで來ますね、それに後方には頭の良いコリンスがいろいろの画策を囲らしてゐるし、投手は随分安心して投球が出來るぢやありませんか」

「私が初めて慶應の野球部で投手の重責を負はされた時は、二塁手の三宅君を後に獰猛極りなき平井君を捕手にして、三宅君のサインと相まつて殆んど自分の考へといふものなしに投球してゐるので、今このショークの話が出ると、實際投手が良い條件で投球出來る有難さが偲ばれます。」

井川 「ホワイトソックスのライアン投手が、若いのにアレ程の好成績を得てゐるのはショーク捕手に負ふ所大でなければなりません」

「日本でもさうだが、米國では若い投手が良成績を得る事は非常な難事とされてゐます。素晴らしい投手が現はれたかと思ふと各チームは其の投手を駄目にしてやらうとあらゆる苦心をする。そんな憂目にあはずにすむには是非とも好い捕手がなけりや駄目です、大分ショークの話が長くなりましたが……外に好い捕手だと感じたものがありますか」

井川 「日本を出る時から評判をきいてゐたので、非常に氣をつけて見たが、ワシントンのルーエルが好いと思ひます」

「私はデトロイトのバッスラーが好いと思ふ」

井川 「ルーエルは頭のいゝ事でショークに次ぐものだらうが惜しい事には彼ほどの元氣に乏しいですね」

「元氣といふ事は捕手としての條件です。平井君が「捕手は扇の要のやうなものだ。要がゆるんでゐては駄目だ。すぐ壊してしまふ。」といふことをよく口にしてゐましたが、ショークの如き捕手を見るに及んで、平井君の言が痛切に身にしみて感じられます」

大阪毎日新聞・大正14年8月18日