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| シンハラ語の与格名詞を主語とする無意思文 |
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シンハラ語の与格名詞を主語とする無意思文
KhasyaReport
第2版 シンハラ語にはニパータと呼ばれる言葉の一群がある。サンスクリットやパーリ語にも同じ品詞があるが、シンハラ語のニパータはちょっと違う。日本語の助詞に当る言葉がここに収まっているからだ。「シンハラ語の話し方」では、このシンハラ語の助詞を詳しく解説。
●発行/南船北馬舎 ●著者/かしゃぐら通信/定価 2205円 A5判変型210×135mm 144ページ ●本の詳細と「かしゃぐら通信」での購入お申込み ●Amazonで「シンハラ語の話し方」を調べる
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かしゃぐら通信2007.-Aug-24 2008.-Jan-19
シンハラ文に特徴的なことは意志文と無意思文とがあるということです。
| 意志文 | 母は歌を聞く | am|m` g}wyk\ asy] | ammaa giithayak asayi |
| 無意思文 | 母に歌が聞こえる | am|m`t g}wyk\ a@sy] | ammaa-ta giithayak aseyi |
この例文は「自動詞と他動詞」
Cシンハラ動詞活用と日本語(2005-12-02W章4「動詞」関連 シンハラ語の動詞は活用する、を学ぶ/「シンハラ語の話し方」読者の方へ)に掲載したもので、そのとき、上段を他動詞文、下段を自動詩文の例としてあげました。この例で言えば、シンハラ語では目的語を持つ他動詞文を意志文、目的語を持たない自動詞文を無意思文というと言うことになります。またそのとき、自動詞文の主語は与格をとるという変則の形態をとります。
シンハラ語の意志文、無意思文は上記の例以外に様々な例があります。動詞を用いない文でも意志文・無意思文は設定されますから、他動詞文だけが即意志文、自動詞文が即無意思文というわけではありません。
意志文
主語が文の表す行為・行動を統御している、主語の意志によって行為が為される/為されたとき、その文は意志文とされ、主語は主格形態をとる。動詞を用いる意志文の場合、動詞の意味によって文には対格の目的語が添えられる場合と、添えられない場合がある。
母は歌を聞く am|m` g}wyk\ asy]
子が泣く Lmy` aDy] 自ら意識的に泣く
無意思文
文で表される現象が文の主語(行為者)の意志によらない場合、その文は無意思文となり、主語は与格を取り、述語が動詞の場合は無意思形の動詞が用いられます。
母に歌が聞こえる am|m`t g}wyk\ a@sy]
子が泣く Lmy`t a@Dy] 自然と泣く
無意思文が作られる条件としてJ.B.ディサーナーヤカは次のような意味を持つ文を挙げています。
J.B.ディサーナーヤカ「人間の言語Maanava Bhaashaa praveessaya」p.250-252/スミタ出版Sumitha
Prakaasshayaki/2005
@喜怒哀楽の感情、睡眠・疲労などの生理現象を表す文
| 私は疲れた | mt mhn\s]y] | mata mahansiyi 私に 疲れた 与格名詞+形容詞 |
A病気を表す文
| 私たちは風邪をひいた | apt k#s\s | apata kaessa 私たちに 風邪 与格名詞+名詞(私たち+風邪) |
Bしたい、したくないなどの願望、忌諱を表す文
| 私はシャツが欲しい | mt km]syk\ o}n$ | mata kamisayak oonaee 私に シャツ 欲しい 与格名詞+名詞+願望を表す形容詞 |
Cできる、できないなどの能力表す文
| 私はタミル語が少し出来る | mt @qmL w]kk\ p[Uvn\ | mata demara thikak puluvan 私に タミル語 少し できる 与格名詞+名詞+副詞+可能を表す動詞 |
| 私はわかる(自然と分かる) | mt v#t@hnv` | mata vaetahenava 私に わかる 与格名詞+名詞+無意志動詞 |
無意思動詞文はニルットサーハカ・ワーキャ(作用のない文、無意思の文、行為でない文)と呼ばれ、ニルットサーハカは無意志動詞をも指します。無意志動詞の語幹はE形をとります。「わかる(理解する)」という動詞を例にとれば意志形、無意思形には次のような形態の違いがあります。
| わかる(自然と分かる) | 現在形 | v#t@hnv` | vaetahe-navaa |
| 過去形 | v#th[N` | vaetahu-naa | |
| わかる(考えて分かる) | 現在形 | vthnv` | vataha-navaa |
| 過去形 | v#th[v` | vaetahu-vaa | |
シンハラ文では与格名詞の主語と無意志動詞の述語という組み合わせが日常会話で頻繁に使われます。英語にはこうした表現はないし、現代日本語でもこのような表現は少なくなっているようです。無意志動詞文が表す言語世界は一体何を表現したいのでしょうか。
マタ・マハンシイ。この表現を直訳すれば「私に疲れた」と言っている。この言い回しはきっと、「私にあっては疲れていますが、その原因は私の個性や性格や心理に起因するのではなく、私以外の自然現象に起因しているのです」となるかもしれない。「〜にあっては」なんて、戦後この方、高貴な方々にも使わない。「疲れの原因」の言い訳がなんともイージーで、他人思考で、責任逃れで、と思える、でも、これって案外に理論的で、機能的で、もしかすると哲学的か?
そう、この表現様式はインド哲学なのかもしれない。
関連項目→シンハラ語私記4 シンハラ語の主語は与格で始まる
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