『かしゃぐら通信』 Khasya Rreport     KhasyaはPinusKhasyaのことで松の木の一種。熱帯原産で3葉、幹と枝はすらりとした樹形を作る。松はシンハラ語でデーワ・ダーラ、神の枝を意味する。Khasya-gulaでStage of Godsのこと。スリランカの神は古代、山の岩穴に住んだ。  かしゃぐら通信 Khasya Report シンハラ語の話し方フォロー講座
 「かしゃぐら通信」Khasya Report シンハラ語/シンハラ語の話し方・読者の方へ/ニュースの探検隊/カレーライス/かしゃぐら通信索引/著作・発行 かしゃぐら通信
シンハラ語の話し方・読者の方へ 本の内容をパワーアップ。更に詳しいシンハラ語の世界へ。 日本が4年にわたって関与したスリランら和平。進展は見られぬままにノルウエーが再び仲介を始めたものの、内戦状態が勃発して和平は急停止した。そして…スリランカのカレーが、まだまだ日本に伝わらない。カラピンチャ、ポルサンボール。そうしたスリランカ料理の真髄さえ、知られないでいる。伝説の店・スリランカ料理トモカのレシピをもう一度覗いてみよう。 「かしゃぐら通信」索引へ 「かしゃぐら通信」の全項目を一覧。探している項目が容易に見つかります。
シンハラ語の動詞は活用する、を学ぶ                @スリランカへ動詞活用を探しに行った 2005.11.11
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@スリランカへ動詞活用を探しに行った
かしゃぐら通信2005.11.11 / 2007-Dec-23

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  『かしゃぐら通信』 Khasya Rreport --- KhasyaはPinusKhasyaのことで松の木のこと。熱帯原産で3葉、幹と枝はすらりとした樹形を作る。松はシンハラ語でデーワ・ダーラ、神の枝を意味する。 


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  「シンハラ語の話し方」は日本語の文法を通してシンハラ語を学び話すためのテキストです。日本語のいわゆる学校文法で、どれだけシンハラ語が説明できて、話せるようになるか。そんな冒険を試みた軽〜い本なのですが(実際、本は薄い!)、わりと読者の方からの反応も多く戴いていて、実際に使ったら通じたとか、眼からうろことか、はたまた、私はシンハラ語の勉強をしているが動詞活用の表のこの部分はこうしたほうが分かりやすいのではないか、とか、かえって「シンハラ語の話し方」を出した当方のほうがシンハラ語文法を教えていただいて、うれしいばかりです。おかげで版を重ねることが出来ましたし、少々の手直しなどもさせていただきました。
 シンハラ語の単語集を載せてくれるとありがたかった、という評がアマゾンに載っていましたが、これもすぐに使えるシンハラ単語辞典を今作成中ですので、あと1,2年のうちにどうにかなる、どうにかすると意気込んで目下、編集中です。
 
 あれやこれやの中で、安田女子大学の宮岸哲也さん、シンハラ語研究の日本での第一人者と言える先生ですが、宮岸さんのシンハラ語のヴォイスに関する研究が昨年春に提出されました。
 この論文には、シンハラ語の動詞には能動態はあっても受動態がないということをシンハラ動詞の特徴から捉え返した部分があって、そのところに痛く興味が惹かれました。なんせ、シンハラ語の先行研究といえば米国発の英文論文ばかりで、それらがシンハラ語の痛いところをよく突いていたりするので、何で日本語側からはそうした研究が出来ないの、と何だか焦燥するところがあったのです。
 そこへ宮岸論文のヴォイス論文の登場です。インマンなんかの指摘を批判的にとらえている。シンハラ語を実践している身には刺激的でした。
 
 「シンハラ語の話し方」の動詞の章で、シンハラ動詞を日本語の動詞活用に照らし合わせながら解説しましたけど、ヴォイスということで、シンハラ語動詞をとらえるとアジア的な(と言っても今のところインド語文化圏と亜インド的な日本語文化圏でしかないのですけど)世界が見え隠れしているんです。
 「シンハラ語の話し方」に関して言えば、日本語文法(学校文法です)に準えるという視点でシンハラ動詞を解説した本は以前にはありませんでした。でも、なんとか較べてみた。こうすれば誰でもシンハラ語が分かりますから。今回は、その動詞活用の話の続きを、「話し方」のフォローとして進めます。

シンハラ語の動詞活用

 シンハラ語を取り巻く環境は、そりゃ世間じゃ「シンハラ語って何?」というレベルですけど、その業界の方々の間では大層進化しています。一世を風靡したハグストロンの「シンハラ語と日本語の係り結び」論を過ぎても、何やかやあるのです。
 ---と言うのも、「シンハラ語の話し方」を出した後に’シンハラ動詞の活用形’という論文のあることを9月
2005年にシンハラ語関連のホームページで知って、本を出してから知るんじゃ遅いと言われそうですが、それは9月2005年のことでした。「話し方」を出して4ヵ月後だった。
 サイトの一画面が映し出されて、そこに「シンハラ動詞の活用形」という論文のあることがリファランスに書かれています。でも、そのホームページが何処から発せられているのか、分からない。どこかの言語学部が掲載していることはわかるのだけどHomeにアクセス不能。よくある幽霊ページで、ホスト・コンピュータに削除されずにページが一枚残ってしまった、って感じです。どうにも出所がわからない。アドレスからケラニア大学の言語学部の何かのセミナーの資料だと分かったけど、それ以上はつかめません。
 ケラニア大へのコネもない。それで、その論文を出版した本屋さんへ直接出掛けて行って、探し出して読んでみようと、10月下旬なのですが、そう思い立った訳です。で、その本屋さんへ行った。

 そこはマラダーナ通りの675番地。店構えはそれほど大きくないが良書の出版も手がけるS・ゴダゲー兄弟社という書店。近くにはアーナンダ・カレッジがある。このあたりで不屈のジャーナリスト・ターラカが夜に拉致されて翌朝、銃殺されて非業の死を遂げたけど、そのテロルの直前に日本の外務省が彼を非公式に日本へ招いて、彼を通じてスリランカ内戦の終結への道を探ろうとしていたけど、暗殺によってあっけなく霧散してしまった。やだね、ジャーナリストも市民も巻き込んで殺し合いを繰り返す戦争は。
 朝、雨模様だったけど、キリバッジョレの友人の家からマラダーナの本屋さんへバスで出掛けた。
 「動詞活用を説明した本はないかしら。ネットで探したら’シンハラ動詞の活用形’という本がお宅から出されているとホームページに載っていたんだ。お宅さぁ、ネット広告出していないし、詳しいことわからなくて」
と訊いた。
 「探しているのは何?」
と恰幅のいいマネージャー。この本屋の蔵書は何でも知っているという感じ。いいね。なつかしいね。こうした生き字引みたいな本屋のおやじさん。
 「ジャヤスーリヤさんの書いた本で、’シンハラ動詞の活用形’というやつ」
 いかにも人がよさそうに、私の差し出したメモを見て、
 「これは確かにうちから出したことになっているなぁ、2002年発行か。彼がうちから出した本は1冊しかない。でも違うなあ。文学の解説書でシンハラ語の文法書ではない」
 ジャヤスーリヤの論文の出所にはこの本屋の名があったが、スリランカでは本屋が印刷しただけと言うのもたくさんある。ISBNが分からないからどうしようもない。
 「じゃぁ、ジャヤスーリヤ先生に限らないで、動詞活用を説明した本はないかしら?」と訊いた。マネージャーはと店の狭い通路を奥に入ってシンハラ語関係の書棚に案内してくれて、そして、にっこりとした。
 うええ。たくさんある!こんなにあったか。シンハラ語は死語だなんて言われて、もう昔のことだけど、小説を書いたりマスコミで論陣を張ったりしたマーティン・ウィクラマシンハはまじめに長々と、シンハラ語は死語ではない、と反駁する記事を新聞に出していたけど、シンハラ語文法本って、結構ある。
 書棚にはずらっと4、5冊のシンハラ語学習本が並んでた。それに、シンハラ語解説書も。や、や、や。まて。なんだ、こりゃ。ウサス・ペラと表紙に書いてあるじゃないか。これも、あれも。
 どれもウサス・ペラってぇことはだ、大学受験用!
 全国共通試験の参考書だ。
 受験シンハラ語以外にシンハラ語の本はない。
 あのころ、日本じゃ美しい日本語ブームが真っ盛りで、日本語本が売れていたのに。日本語本を出せば売れて売れて、不況出版界はそこだけけったいな売上を稼いでいたのに。「声に出して読みたいシンハラ語」ってぇのはないのか? 「間違いだらけのシンハラ語」なんてのはないか。PHPでシンハラ語の品格は出してないか…、と棚を隈なく覗き込んだけど、そんな本はないのでした。

 ところで、ウサス・ペラ、って、そういう受験参考書の類を読んでもあんまり意味がないんです。受験用は大体、世の中へ出ると役に立たないみたいで。
 そう言えば、日本へ来るシンハラ人は、たとえ出稼ぎの身分でも、殆どがウサス・ペラを合格して大学を抜けたインテリジェンスの固まりが多いのです。ずっと昔は千葉の港辺りから貨物船で密入国とか、ネゴンボのモスリムの手配でビザ付きスポンサー入国とか、今は日本語学校が充実したから正規の入国とか、そんなあれやこれやがあったようだけど。
 とにかくスリランカってすごく教育熱が高くて、みんな勉強している。なのに母国語のシンハラ語にはあまり興味がないみたいで、シンハラ語は死語というレッテルが剥がされたり付け替えられたりしている。

 ま、ウサス・ペラでもしかたがないか。受験参考書の1冊を手にとってぺらぺらめくって、さて、動詞のワラナギーマ(活用)は何処、と探してみた。
 どこどこ、--- あった。で、お決まりの「文の主語が一人称単数の時の動詞語形、複数のときの動詞語形、二人称、三人称のときの…」という説明が動詞変化一覧表とともに延々と続いてる。シンハラ文語文法はここに細々と生きていたんだなぁ、と感心するけど、探しているのはそれの文語活用じゃない。それは「死語」だ。探しているのは「今、生きてる」シンハラ語。

ご存知の方は御一報を

 マラダーナの本屋さんに探しに行った本の題名と署名は以下のとおりです。お心当たりのある方、情報をお寄せいただければ大変ありがたいのですが。
We are serching for the paper of Conjugation Marker in Sinhala Verb Forms / 2002 MHF Jayasuriya Felisitation Volume.
mail to Khasha Report

 
J・B・ディサーナーヤカの本を買う



 日本では「シンハラ動詞は屈折する」となっていますから「シンハラ動詞は活用する」なんて言えばこぞって逆上するか、無視を決め込まれるのがオチでしょう。シンハラ語が活用するか。カッだ!シンハラ語は屈折だ!と一蹴され、当方はシンハラ語専門家や日本のお坊さんにお目玉を食らったものでした。
 それでも、シンハラ動詞は活用するのダ、としぶとく呟いて本出してしまったら、片仮名でシンハラ語を書くなとか、あんたはカレーライスだけやってなよ、なんて鼻くくられたこともあります。

 でも、断固シンハラ動詞は活用語尾で活用する、と言い張って、この間「シンハラ語の話し方」を出して、シンハラ動詞の活用を徹底的に日本語の学校文法でやる動詞活用の倣いで活用させてしまいました。そしたら、それが、シンハラ語を実際に話している人たちからは受けてしまった。「この本、使える」というのです。そうして気を良くしたものだから、CD-ROMで「解説・シンハラ語の話し方」をつくってしまい、アニメーションでシンハラ動詞の活用と日本語動詞の活用を並べて動かして、それと一緒にシンハラ語の声も聞いてもらおうと録音もCD-ROMに焼きこみました。


 シンハラ動詞は語幹と活用語尾に分けられて、変化しない語幹に対して活用語尾が変化する。変化した活用語尾が動詞の意味を様々に方向付けして態を作る。
 私にはシンハラ動詞の変化がそう理解できるし、そうやって理解したらシンハラ動詞が使えた。いや、そうだったら活用という切り口でシンハラ動詞を説明するシンハラ人のためのシンハラ語教本があってもいいはず、いや、絶対にあるはず、という信の一念が生じてしまいました。成田からコロンボへ飛んでマラダーナで本探しを始めたのは「信」の一念だったのだから、科学的じゃないな。
 ジャヤスーリヤさんの’シンハラ動詞の活用形’という一書はそのことに触れていると直感したのだけど、それはS・ゴダゲー兄弟社の書棚では見つからなかった。で、ウサス・ペラのためのシンハラ語受験参考書が置かれた棚の下に、ペラペラのパンフレットみたいな冊子の並んでいるのが眼に入ったのです。
 手に取ったら。細かい文字でラ‐カーラ サンマタヤと書いてある。なんだ、これ。背表紙にクリヤー・パダヤとあったから手にしてみたのですけど。
 著者はディサーナーヤカとあります。ジェー・ビーとシンハラ語の二文字が前についている。シンハラ語ではイニシャルもシンハラ文字表記する。日本語がアルファァベットをカタカナ表記するようなものです。
 その冊子は日本でも高名な(シンハラ語に関わるごくごく少数にとって高名な、ですけど)シンハラ語学者J・B・ディサーナーヤカさんの本で、シンハラ語を品詞別に解説した文法シリーズだったのです。
 早速、ページを綴って立ち読み。表組みのページが目立ちます。あれ、これってよくあるシンハラ動詞の活用変化表と違う。日本の学校文法でやってる動詞語幹と活用の一覧表じゃないの。
 あった。これでいいんです。シンハラ動詞活用は日本語の動詞活用と同じ。日本人なら誰もが学校で習った動詞の活用表です。
 冊子は岩波ブックレットみたいでペラペラだけど150ルピー。高ぁ〜。スリランカの物価は上がるばかりだけど、本はホントにばか高。昼飯をマラダーナのこぎれいな食堂で取れば、2回分の値段。スリランカはツナミ被害以降に無償の外貨がドクドクと無尽蔵に注入されるし、このところ気前の良いドナーは日本ばかりじゃなくて世界中が良質なドナーとしてお金を貸してくれるし、ただでくれる所だってあるものだからから、お金が巷に海岸に空軍にあふれています。みんなの給料も上がって、臨時のボーナスも政府から出たし、だから、その結果、何でもかんでも高くなった。
 昼の外食を2回やめればこの冊子が買えます。昼飯は家に帰ってから庭のバナナを取って食うか。マンゴーはまだ実をつけてないけど、確かパパイヤは家の脇の奴が三つばかり熟れていたっけ。今朝、二つは鳥に食われていたのを確認したけど一つは健在だ。そうだ、役所を休んだ友人の姉さんがマンニョッカーを煮ていてくれたっけ。ルヌ・ミリスで食えばいいや。日本では金に窮すれば飢え死にするしかないけど、金なんかなくてもスリランカで飢え死にする人はいない。自身の健康を自身で守りさえすれば生きていける。
 私にすれば飛行機代を払ってスリランカまで飛んで来るけど(サーチャージで料金を余分に支払わないと飛行機に乗れなくなった!)、スリランカでは一切余計なお金を使わない人なのです。お金を持ってない変な日本人、という眼で見られるけど、これは逆に言えば当たり前のシンハラ人の暮らし方で、本を買うというのはすごく勇気がいることなのです。
 でも、本買った。
 本をビニール袋に詰めてプライベート・バスで家に帰りました。このときはまだ、シンハラ語の動詞活用と驚くような出会いをするなんて、いや、これからのシンハラ動詞との出会いを記念して言うなら、驚くような出会いになるなんて、思ってもいなかった。


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