| オリジナル小説「夢追人/旅立ち」 |
■緑王
■旅立ち ラオスに入る境 そこには森を見下ろすことの出来る小高い丘が点在している。 ラースの立っている丘はその一つ、ラオスとウルスを見渡せるマーライ岳と呼ばれる、標高300メートルの樫(かし)の木や椎(しい)の木が生えている丘陵(きゅうりょう)だ。 ラオスへの街道は、そんな丘陵帯のふもとを縫って続いている。 馬を使えば王宮からは半日もかからず往復できる。 ルーク達は翌朝までには城へ戻っていなくてはならない。 そんな気持ちが二人の馬の手綱裁きに現れていた。 愛馬は息を切らし主人の期待を満たそうと、なおも速く走ろうとする。 その二人をマーライ岳の頂上から、遠隔透視(えんかくとうし)の術で見届けていたラースが口をひらく。 「待っていたぞ、ルーク。お前がその剣を持ち、ラオスへ来ること…… その聖剣はお前が王子である証の剣。 だが、お前はまだ知らない。その聖剣の持つ本当の力を。 剣は持ち主を選ぶ…… さて、お前は果たして剣にふさわしい主人であるのかな? いや、もうそれは決まっているのだろうな。剣がルークを呼んだのだから……」 ラースの後方で静かにその様子をうかがっていた黒マントの従者、魔道に長(た)けたモルグも口をひらいた。 「ラース殿、彼らはこの日が定めで決まっていたことを知っておらぬ筈ですのに、ああしてラオスへと、運命の村へと向かっております。 あの聖剣を携えて…… 誠に、運命のいたずらというものは可笑(おか)しゅうございます」 くっくっと笑いを押し殺すモルグに、ラースが答える。 「モルグ、しかし彼らだけでは聖剣の本当の力は発揮出来ぬぞ。 私達が助け船を出さないとな」 その言葉を受け、モルグはいつもの平静を装いこう続ける。 「心得ております。 聖剣に封印をしたのはこの私でありますゆえ、封印を解くのもこの私が。 あとは、剣が語りかけてくれるでしょう」 「そうだな。これでラオスも闇の世界から解放されるのかもしれない」 ふと、思い出したようにモルグはあごに手をそえる。 「ラース殿、ラオスには既に私と同じ魔道の者が、結界を張りつつルーク殿をラオスへと導く手筈でございます。 ゲイルは、私とは違い魔道から手を引いたものの、今回のこの任務は了承しています」 ゲイル・カーライトのことはラースもよく知っている。 年に一度盛大に行われる魔道大会にも、数年前までゲイルも出場していた。 ラースの従者であるモルグをも凌ぐ腕前に、国中の魔道師達が口々に噂したものだ。 その彼が突然、魔道から身を引いた。 「ゲイルか、お前と同じ強力な魔道が使えるのに…… 凡人の道を選んだ男。 本来ならば魔道の定めで追放の処置が施されるのだが…… 彼程の強力な魔道を失うこともまた、魔道界の大きな損失」 「さようでございます。やはり闇の者達を封じるには、彼のような魔道に秀でた持ち主でありませんと。 たとえルーク殿が聖剣を携えておられましても、太刀打ち出来ないかと思われます」 「失敗するというのか?」 驚きの表情を隠せないままラースがモルグを見やる。 モルグの瞳は黒いフードの奥で静かにまたたいていた。 「運命は、我々に……確かに用意されています。 しかし、いかに聖剣や魔道を駆使したところで、そのバランスが保たれておらねば、 このラオスの一件成し遂げられないこともご承知おき下さいませ。 それは、ラース殿も充分ご存知のはず」 モルグはフードを深くかぶりなおすと、再びルーク達の後を追うべく遠隔透視(えんかくとうし)の術を続けた。 一方、ルーク達はラースに見届けられていることも知らず、先ほどの足跡を辿り一件の小屋の前まで来ていた。 レムは軒先に吊してある薬草の束に目を奪われた。 (こんなところに、人が……?) 伝説の村ラオスには人は住んでいないという噂をよく耳にしていた。 しかし、王宮を訪ねる商人や旅人の口の端にのぼるのは風説ばかり。 実のところ確かな情報は得られていない。 ラオスは未だ謎に包まれたままということだ。 (……では?) そんなレムの心を見透かしてかルークが 「レム、ここには薬に詳しい者が住んでいるらしいぞ」と告げた。 「ルーク、私が尋ねてみるわ。あなたはここにいて」 王子の監視役であるレムが進んで、木でできた扉を叩く。 彼女はいつもこんな調子でルークの先回りをする。 「誰かいらっしゃいませんか?」 間もなくきしんだ音をひびかせ、扉から若い男性が顔を覗かせた。 「レム殿に、ルーク殿ですね? お待ち致しておりました。私は、ゲイル・カーライト……魔道師です。 まずは、中へお入り下さい」 そう云うと彼は中に入るようレムを手招いた。 レムは一瞬、相手の言動にひるんだが、彼が魔道師ということで少し納得したようだ。 ルークを呼び、家の中へと足を踏み入れた。 魔道師という職業があるのは、レムもルークもある程度認識していた。 魔道師とい地位も確立されており、国によっては国王の補佐役として重要な任務を帯び、魔道師が一国を動かす権力を担っている。 ルークの父、ランド国王がレムとルークにそんな話を聞かせてくれたこともあった。 自ら魔道師と名のり目の当たりにしたのは、彼が初めてであろう。 いや、一年前にも私達の前から忽然と姿を消した青年がいた。 あの金髪の青年もまた、そうだったのかも知れない。 そんなことを思い起こしながらゲイルの服装に目をとめ、素朴な疑問を彼に投げかけた。 「魔道師なのに、魔道師の装束をまとわないのですか?」 ゲイル・カーライトは、えりあしに届く美しい銀髪に、グレーの瞳を持つ顔立ちの整った青年だ。 年は二〇代といったところか……。 ゲイルは薬棚の前まで歩むと、その中から小袋を取りだし二人のために茶を用意してくれた。 「どうぞ。茶とは云っても、薬草の成分が混入されています。 不思議な香りでしょう? お二人の渇と疲れを癒してくれるはずです」 ルークとレムは己の喉咽の渇きをこの時知らされた。 ゲイルの云う通り、このお茶は芳しい香りを放っていた。 白い器に入れられた黄金色の液体は、月明かりとランプの灯火(あかり)に照らされ、ゆらゆらと手の平で揺れている。 しばらくそれを弄んでいた二人は、渇きには勝てず、みるみる腹の中へと飲み込んでいった。 その様子を満足そうに眺めていたゲイルが、言葉を継ぐ。 「魔道師の装束は、何の効力ももたらしはしませんよ。 私にとっては、魔道師という身分は過去の話。 今は、薬草を集め薬を調合し、隣接した村へ商いに行くのが日課です。 それより、せっかく客人が来たというのに、あまりおもてなしが出来なくて申し訳ない。 見た通り一人暮らしをしているうち薬草の研究に没頭してしまい、 小屋の中も雑然としたままだ。 それに、今日は客人が多い……リント、出ておいで。 済まないな、待たせて」 ゲイルの振り向く方向を見ると、隣の部屋から、栗毛で瞳も茶色の十二〜十三才の少年が姿を現した。 ゲイルが云うには、リントは隣のウルス村から歩いてラオスへと、愛犬を伴って来たのだという。 その愛犬は妖魔に襲われ死んでしまったと云う話だ。 そうか、それで道中私達がその亡骸を発見したんだな。 その亡骸の近くに残っていた足跡を辿ったら……ここまで続いていたわけだ。 今まで口を閉ざしていたルークが、ようやく重い口をひらいた。 「なぜ、あなたは私達がここへ来ること、そして、その少年があの場所に居たことを察知したのですか?」 無理もない。 魔道師という存在を知ってはいても、その内容までには及ばない。 ルークのブルーに輝く真っ直ぐな瞳がゲイルを捉えて放さない。 リントはレム寄りの長椅子に腰掛け、びくびくと事の成り行きを観察していた。 まだ、愛犬のショックから立ち直れないでいるらしい。 レムはリントの側に寄ると軽く肩を抱いてやった。 「風の知らせを受けました。私ども、魔道を志す者は日頃から五感を鍛錬しております。 風を感じ、風からあらゆる情報を得ることができます。 そして、このように……」 ゲイルは両手を胸の前で組み二言、三言呪文を口走ったかと思うと、三人の前にある空間に両手をかざし、ルークとレム、そしてリントを目前にして、いとも容易く遠隔透視(えんかくとうし)の術を試みた。 あまりにも突然の出来事を目の当たりにし、ただ、レムはリントの肩を更に強く抱き込む形になった。 「ご覧下さい。 私達が今いる空間と、あなた方の住まう王宮レグラント城とを繋ぐ空間の歪みです。 ただし、ご用心なさい。 この空間は時間を圧縮しておりますので、常人がここへ身を投じれば、二度と再び現時点へ戻ることができません」 そう警告すると、ゲイルは映し出している王宮の場所を他へと移動させ、違う空間を皆の前に映しだした。 そこはどうやら、リントが住むウルス村らしい。 昼間の賑わいはなく、静寂な家並みを映すのみだった。 視点が少しずつずれていく。 三人が目を凝らしていると、リントがハッと、息を飲み込んだ。 一軒の家に明かりが灯っている。視点はぐんぐんその家へと近づく。 「……まだ起きていたんだ……」 リントは大きな茶色の瞳を輝かせ、明かりの灯っているその一軒家へと集中する。 視点は家の中へと移動した。 小さな冒険家の帰りを待つ、母親の姿が見えた。 「母さん!」 だが、少年の声が彼女に届くはずもない。 ゲイルは再び違う呪文を唱え、リントに呼びかけた。 「リント、これからお前を母の元へ送り届けてやろう。 彼女はお前の事を心配し、夜通し寝ずの番をするつもりらしい。 何、時間はそうかからないさ。 客人、あなた方には悪いが、少々ここで待っていてもらいたい。 私はこの少年を無事送り届けたら直に戻ります。 戻ってから、是非お二人に協力してもらいたいことがある」 「協力……?」 ルークが返事をする間も無く、ゲイルはリントを連れ、先ほどまでルーク達が見入っていた空間の歪みへと身を投じた。 彼らがその空間に飲み込まれると、そこには何も無かったように雑然とした部屋がランプの灯(あか)りで浮かびあがった。 (今起きた出来事は、それぞれの眼に同様に映し出されていたのだろうか?) という疑問を、ルークとレムはお互いの顔を覗き込むことで確認しあった。 最初に口をひらいたのはルークだった。 彼の瞳はゲイルの術に心を奪われたまま、一点を注視していた。 「……何て凄い術なんだ。時間と空間を自在に操る男。」 ほとんど独り言に近いつぶやき。 レムもルークのその考えには同感だった。 (あれは、私達の知らない魔道師達の非日常的な世界を垣間見たに過ぎない。 魔道という領域……あまりにも、我々とは隔たりがありすぎる…) 「彼は協力して欲しいと云っていたわ。 ……でも、私達に何が手伝えて?」 レムも、不安を押し隠せない。 「彼は、魔道師の身分は過去の話だと云っていた…… それと何か関係があるのかな?」 「魔道を一度捨てたと云うこと……かしら? それじゃ、彼は再び魔道を手にしなければならない事情があった……? それが、私達と関係があるということ?」 レムという女性。 ルークの幼馴染みなのだが、王子の監視役を任されているだけあり聡明である。 赤みを帯びたブロンドの長髪巻き毛にアズキ色の瞳が、彼女の何事にも尻込みしない気丈さを語っているようだ。 この一連の物事を理解しようと、彼女の脳細胞が著しく働く。 その傍らでルークもまた物思いに耽っていた。 父には内緒でラオスへ来てしまった。 朝までに戻らなかったら、やはり、叱られるだろうか。 ……叱られる……? ふふっ。 何て制約の多い生活なんだろう。王子というしがらみに束縛されている。 それに引きかえ、あの少年は思うがままの探求心で冒険をしていた。 (ちょっと危険だったけどね) リントという少年、無事に母親の元へ着いたのだろうか……? 空間を移動するって、どんな風だろう。 様々な思いがルークの脳裏をよぎる。 らちもない思いを巡らせてはいても、最終的には先ほどの光景へと思考が引き戻されてしまう。 「魔道師か……不可解な存在だな」 そこへ前触れもなく再びゲイルが現れた。 ゲイルはルークと目を合わせると、思わず失笑する。 「魔道を理解しろとは申しませぬが、あなた方の敵となることもあるかも知れない。 言葉には充分ご注意なさい。口は災いをもたらす威力もございます」 と、ルークに注意を促した。 ……聞かれていた? しまった、口に出すんじゃなかった。 ルークは赤面した。 そんなルークを見て、レムも声を出して笑った。 「魔道師を敵にまわしたら、私達勝ち目ないわよね」 レムは、まだ笑いが止まらない。 「魔道師とて、しょせんは生身の人間。 この体を失っては大それたことも出来ませんよ。 ただ、今回あなた方に協力して頂くにあたり、魔道師という存在をもう少し知って頂かなければならないでしょう。 お二人に手伝って頂くことは、この闇の世界に支配されたラオスを救うことです」 話の急展開にルークとレムは戸惑った。 そもそも二人がラオスへとやって来たのは、若い二人の好奇心からだ。 ささやかな冒険を楽しむためやって来たと云ってもいい…… (それなのに、ラオスを救う?) 「そのラオスと、魔道師に何の関係があるのですか?」 真顔に戻ったレムが尋ねる。 「元を辿れば、その魔道師が原因で、このラオスは闇の世界に引きずり込まれたのです。 ラオスが闇の使いに支配されているという噂はご存じかな?」 ルークとレムは、一年前に出会った金髪青年の言葉を思い出した。 小さく頷く。 「闇の使い、死の使者とも呼ばれるその者達は、元は皆、魔道師達だったのです。 彼らは肉体を失った後も亡者となりこの地をさまよっている」 「その肉体を失った魔道師達が、ラオスを支配しているというのですね」 レムは、ゲイルの言葉を吸収し理解していく。 「肉体を消失させた魔道師自体には、何の驚異も無いのはお話した通りです。 正確には彼らの場合、『魔石』と呼ばれる肉体の代用品となる石に宿り、魔道の力を増幅させている点に問題があるのです。 魔石に宿るには、己の魂を魔石自身に売らなくてはなりません」 「魔石に魂を……そんなことが?」 ルークの思考も、彼らの会話に追いつこうと必死に回転する。 「……できるのです。 言い換えれば、魔石に魂を吸収させることで肉体が滅んだ後も、魔道師の精神が半永久的に維持できる。 そしてその魔石は、魔道師達の魂を吸収することで一層石の輝きを増す。 しかし、魔石という器(うつわ)を得た魔道師達の思念は、魔石と融合することにより邪気をはらむ… このことから魔道界では『魔石』は禁忌となっているのです」 「そのタブーを犯した魔道師達がいた……」 (魔道界にも今、尋常ではない出来事が起きているのか?) ルークも次第に彼の話している内容が、頭の中で整理されてきた。 「その魔石に魂を売った魔道師達が、これほど存在しているのも、我々の知らないところで何者かが裏で手を引いているのです。 それが、誰であるのかを追求するのに随分手間取りました。 今、その者を倒したところでラオスが闇の世界から解放されるわけではないので、暫くは彼らの自由にさせておくとしましょう。 その件は、私どもがいずれ決着をつけますゆえ…」 これがゲイルを魔道に導いた理由……レムとルークは直感した。 そこまで語ると、ゲイルは二人の前に乳白色の石を一つ置いて見せた。 「これがその魔石です。 この魔石は、まだ何の力も与えられていない空の状態です。 このままなら…何の害ももたらしはしないただの石ですが、ひとたび力が加われば例え下級クラスの非力な魔道と云えど、増幅されたパワーは魔石が集まることにより膨大なものとなる。 集結した魔石は、周囲の光を遮断し暗闇を生み出します。 ラオスが部分的に闇に閉ざされているのはこのためです。 私どものおりますこの地までには及んでおりませんが」 ゲイルは石を置いたテーブルの前に腰掛け、両指を絡ませじっと二人の顔を見つめた。 二人の瞳は、今までのゲイルの話に魅了されゲイルと魔石との間を漂っている。 王族の風格を損なわない二人の態度は、ゲイルにも好ましく感じられた。 この二人はいずれ、良き伴侶(はんりょ)となるだろう。 彼らの運命は……もう、そのように歯車が回りだしている。 これから彼らに手伝ってもらう計画は、その手始めの起点になるのだろう。 |