| オリジナル小説「見習い魔道師」 |
■緑王
■見習い魔道師 奈落の底に突きおとされる感覚…… 体中の筋肉が収縮し、こめかみが血の激流に悲鳴をあげる。 全身汗びっしょりの状態で、モリスが寝床から飛びおきた。 「ふぅっ……」 深くため息をつくと、彼は額の汗を手の甲でぬぐった。 首にまとわりつく栗毛色の髪を払い、結いひもで一つに束ねる。 「だいぶうなされてたな、モリス」 相部屋のサージがさも気の毒だといわんばかりの面もちでグリーンに煙る彼の瞳をのぞきこんだ。 「また夢の中で、時空移動の術に酔ったのかい?」 哀れみどころか、口をついてでたのは彼特有の突拍子もないセリフ。 不機嫌な相棒は自分より頭2つ分背の高いサージに軽くいちべつすると、身支度を整え部屋を後にした。 「おいおい、おれを残して園庭当番に行くつもりかいっ」 「すまん。悪気はないんだ」 聖魔道師協会、中央回廊でサージは足早に移動するモリスへ謝罪の言葉をかけていた。 相棒のモリスは、サージと同じく中級クラスの魔道師見習いだ。 どちらかと言えば、モリスの方がずっと階級は上である。 聖魔道師協会では、クラス毎さらに細かく階級が分けられている。 相部屋になるのは必ずしも同レベルの弟子ばかりではない。 が、モリスはサージに対しそんな素振りを見せず対等に接してくれる…… サージにすれば、ありがたい同輩であり先輩なのだ。 今朝は2人とも園庭当番の仕事をこなすため、中央回廊をはさんで広がる中庭の一角に身をゆだねていた。 花壇に咲きほこる花々にまんべんなく水が行き渡るよう、地下には給水管が埋められている。 モリスはその給水管を制御するパネルに触れ水を操作した。 一斉に水煙があたりに立ちこめる。 湿った土のにおいが寝起きの空き腹に染みわたる。 「僕がまだ幼かった頃…父母は健在だった」 水煙を目で追いながら語るモリスの表情にかげりがさす。 「父は魔道で生活を営んでいたが、母は魔道が使えないどこにでもいる平凡な女性だった。 そんな母がある日重い病気をわずらい床にふせた。 下級魔道師だった父は、動けぬ母を医師のもとへ時空移動の術で送り届けようとしたんだ… 当時、父は時空移動の術をマスターしていなかった。 魔道を甘くみくびっていたのかもしれない。 結果、父は母もろとも空間のひずみに取りこまれてしまった。 僕の目の前でね。今でもその頃の夢をたまにみる」 「…………」 モリスの告白におもわず息を飲む。 「す、すまないっ。 おれそんなこと知らなくて…つい、いらんことを口走っちまった」 「いいさ、気にするな。 それに、時空移動の術に恐怖を抱いているのは事実だ。 いつまでも過去にとらわれている僕が悪いんだ…」 時空移動の術は、このおれだって怖いさ… いや、中級クラスの見習い魔道師ならば誰もが恐れているはずだ。 教官からは、空間のひずみについてくどいほど注意されてるしな。 ただ、それを皆おくびにも出さないだけさ。 君もはじめはそうだった。いまはちがう。 「モリス…君って…」 「何?」 花壇全てに水が行き渡ったことを確認したモリスは、再びパネルにふれ舞い散る水煙のもとを絶った。 「ばか正直なんだなっ。あはははっ…」 云い放った後、笑い声だけをその場に残し逃げ去るサージ。 咲き乱れる色とりどりの花々には目もくれず、若い2人は腹の虫を満たすべく食堂めがけ猛ダッシュで駆けていった。 モリスは父の知人魔道師により聖魔道師協会に託された。 年は7才(ななつ)になったばかりである。 聖魔道師協会には彼のような境遇者がごろごろいる。 身寄りのない者同士肩寄せ合い、失った家族を互いの心にかつぼうするのだ。 あれから8年…… 年少者にとってモリスは、面倒見の良い兄的存在である。 モリスとサージが食堂テーブルの席につくかいなや、待ちうけていた年少者達のグループに囲まれてしまった。 「ねぇモリス、今日の実地訓練は初級クラスとペアで行うんだよね。 誰と組むか知ってる?」 初級クラスでリーダー格のカーン少年が、朝食をのせたトレーを片手に隣の席につきながら話題を切り出す。 少年の黒い大きな瞳がまたたいた。 緩いウェーブがかかった漆黒ショートヘアの小柄な少年には、幼い面影が残っている。 『可愛い』という表現は、この少年のためにあるようなものだ。 「いや、まだ知らされていない」 カーン少年の問いかけに、周囲のまなざしが熱くなる。 「カーンは誰と組むかしってるの?」 無邪気な少年達の視線がカーンに集中した。 「今朝、ゲイル教官から聞いたんだ」 無論、カーン少年自らゲイル教官のもとへおもむいたのだ。 リーダー格の少年は教官の間でも評判がいい。 そんな彼がゲイル教官に近づけるのは、しごく当たり前のことに思われる。 「モリスとペアになるのは、この僕だよ」 歓声とともに羨望のため息が周囲にもれた。 サージは内心、何でモリスだけが? と、舌打ちしていた。 カーンはあることをゲイル教官から忠告されている。 「心に蔓延(はびこ)る迷いが、我々魔道師にとって何を意味するかわかるね?」 「はい、教官」 いましがたゲイルからペアの件を聞き出し、有頂天になっていた少年の唇がひきしめられる。 「カーン、モリスは君より年もクラスも上だ。 しかし、今の彼は過去に起因する何らかの迷いにとらわれている」 「……モリス先輩が、ですか?」 「君に伝授したい術がある……来てくれたまえ」 威厳のあるゲイル教官の声が彼の脳裏にひびいた。 その日の午後 『聖魔道師協会』と、そこから北東に位置するウィードの丘『カナン岳』を結び、16人の教官が二手に分かれ時空移動の実地訓練を見守った。 ゲイルはゴール地点『カナン岳』で弟子達の到着を待つことになっている。 通常、時空移動の術を訓練する場合、訓練を担当する教官達の手により周囲に結界がはられ、弟子達が時空内で迷子にならぬよう配慮される。 しかし、結界内だからと云って安心するのはまだ早い。 訓練には細心の注意が払われる。 教官達のあいだにも緊張が走った。 号令とともに中級クラスのメンバーが、組まれた初級クラスのパートナーを伴い訓練に参加していく。 サージはモリスよりもやや早めに時空間へと旅だった。 (へへん、軽い軽い!) 「サージ・ポトフ。初級クラス、マック・ホーガンを伴い無事到着しました」 カナン岳にいたゲイル教官に報告する。 「よし、他の者と一緒に待機していろ」 「はい、了解ぃ〜」 次々と訓練を終了した同輩達が現地に集合する。 (そろそろじゃないのか? モリスの番は……) 独りごちながらモリスの到着を待つサージ。 (あれっ? あいつら……モリスよりだいぶ後のペアじゃねぇのか?) チェックした表を片手に何やら教官達もゲイルに告げている。 (おいおい、まさかホントに時空移動の術に酔ってんじゃないだろうなぁ……) サージの脳裏を不安がよぎる。今朝の一件が頭の中でぐるぐる回った。 以前、時空移動実演練習の際おれとペアを組み体調を崩した彼が言いよどんだことばを思い起こす。 『違うよ、君のせいじゃない…君がわるいんじゃないよ…それは…ごめん。その話はまたの機会に…』 (ちくしょう! 何で気づかなかった?) 「ゲイル教官! モリスは…モリスとカーンのペアはどうなったんですか?」 「落ち着け、サージ。他の者達が見ている。 列を乱すな、所定の位置でそのまま待機していろ。 モリス達は、私がさがす」 ゲイルは7人の教官達にいくつかの指示をだすと、まだ弟子達が訓練中の時空へと姿を消した。 (どうなるんだ? モリスとカーンは……?) この時ほど空間のひずみに畏怖の念を抱いたためしはない。 おれは仲間の安否を気遣った。 訓練はその後順調にすすんだ。 その傍ら、モリスとカーンが戻ってこないことを理由に結界は解かれることなく他の教官達に引き継がれた。 訓練終了後、すべての指導が打ち切られ弟子達は各自部屋から退出することを規制された。 空はすっかり夕闇におおい尽くされ、その勢いは我々の希望をも飲み込んでしまうのではないかとさえ思えた。 相棒のいない部屋が何とひろく感じることか…… ドサッ 窓際に椅子を引き寄せ腰掛けていたサージは、その音に後方を振り返った。 「モリス!」 再びもう一つの姿が、床に倒れ込む。 カーン少年だ。 「カーン!」 「心配かけたな、サージ」 ゲイルが空間から現れる。 「ゲイル教官、二人とも……無事だったんですねっ」 「ああ、そのようだな。モリスは時空内で失神したらしい。 カーンが時空内にさまよわないよう独自の結界を張っていたのだ。 彼の精神力に感謝してくれ」 「カーンが?」 「そのように仕向けたのは私だ」 「ええっ? 教官が……」 「弟子の状態を知るのも教官の務めだからな。 カーンをモリスのパートナーに抜てきしたのも私だ。 カーンはああ見えても上級クラスの技量を秘めている。 彼はその力を発揮しただけにすぎない。これで、カーンの飛び級が内定したも同然だ」 「飛び級? カーンが初級クラスを卒業して上級クラスに昇級……ですか? て、ことは…おれたちより先輩になるわけ?」 「そうだ、彼はそれに匹敵する技能をすでにマスターしている。 飛び級を獲得するには、異例の条件を満たさねば認められないが、その条件に彼は適合したのだ」 教官はモリスをおれに預けると、カーンを抱きかかえその場から退室した。 倒れているモリスを担ぎ上げ寝床に横たえると、おれは無事戻ってきた相棒の寝顔を横目にしばし途方に暮れてしまった。 翌日、聖魔道師協会教育部からカーン昇級の件が正式に公表された。 モリスと連れ立ち朝食をとりに食堂へ出向いたが、カーンの姿は無かった。 モリスの取り巻き達も今日はあらわれない。 「カーンが根こそぎお前のファンをかっさらってったかな?」 モリスはただ笑って応えただけだった。 円柱の続く中央回廊から中庭にのびている散歩道(プロムナード)で、ゲイルはある人物に呼び止められた。 聖剣管理部門のモルグである。 「ゲイル殿、この度の一件……昔のあなたを彷彿(ほうふつ)させますな」 黒衣をまとったモルグが、ゲイルの後ろから間合いをとりながら話しかける。 好んで黒衣をまとう魔道師は多いが、モルグのそれには人を威圧するものがあった。 普段、教官達は白の衣…そして弟子達はグレーの衣を身につけている。 フードをおろした黒衣姿のモルグは、白衣をまとっているゲイルの麗姿をさらにきわだたせる結果となった。 中庭の芝生で昼下がりの一時をくつろいでいる弟子達の眼にも、二人の光景は奇異なものに映った。 「ゲイル殿が、カーン少年の能力を見いだすのも納得いくことでございます」 花壇に咲いているロストの花々が風にそよぐ。 「この花の実は……記憶を消したり、意識を絶つ時によく使われる薬材だが……」 ゲイルは花壇の前にかがみ白い花弁にふれた。 (この花を見ていると、皮肉にも私の忘れかけた記憶の切片がつむぎだされる……) 「ロストの花々が何か?」 ロストの白い花の群は花壇のずいしょに見られる。モルグはそれらを目で追った。 「上級クラスになればカーンも安死術を習う…」 「さようでございますな。安死術にロストの実は必須ですからな。 ……ゲイル殿……いらぬ忠告かもしれませぬが、カーンにご自分を重ねぬことです。 彼には彼のさだめが用意されております」 「…わかっている…」 ゲイルは記憶の糸をその場で絶ち切った。 いつしか散歩道(プロムナード)から対照的な2人の姿が消えていた。 ---------------------------THE END ■あとがき このおはなしは、オリジナルでございます。 サージとゲイル二人のメイン登場作品は他にも、 「昼下がり」「魔道試験」「夢追人/ゲイルの回想」が関連作品でございます。 話の年代としては「昼下がり」「見習い魔道師」「魔道試験」「夢追人/ゲイルの回想」の順です。 よろしくどうぞ(^^ 緑王 |