Afro Samba guitar Masao Ohtomo
A Brazilian memory and the trip of ascetic
practicesOburigado Meu Amigo Brasil














 


Rio
デェャネイ-ロからオニブスで約32時間掛けて到着すると言えばそこは
一度は行って見たい場所、バイ−ヤである。以前はブラジルの首都であった
今は静かな、海と山と太陽に包まれた小さな町、
ここがバイ−ヤだ気候は
最高に素晴らしくリオの街と比べると住みやすく都会ずれが無い。私には
ピッタリの居場所である。急がず騒がず、「人間の素朴」さを此処で知った


カーニバルお祭りとなると
一変に人間の素朴が爆発する楽しさ10倍笑みが
100倍と変わる喜びがある。お祭りの笑みはどこも同じ。


此処の生活は私にとっては「心の天国だ」。一人がで居るのが最高だった。
ギターの音色は、空気が乾いているせいで音はブラジル、サウンドでした


1971ブラジルへ 一人旅立つ、121 ブラジル丸船に
乗り込み横浜大橋から出港する。

ブラジルで出会った Meu Amigo
Baden powell
バ‐デンとの出会いはまず初来日の「サンケ−ホ−ル」での初対面でしたここでの印象は今までにないこれが 「サンバ ギタ−」 だと確信しました。それまではチャーリバード、ボンファ、ローリンドアルメイダを主流で聞いていましたが、今までとは何かハートに感じ方が違う事に発見それ以後バ−デンにヤミ付きとなったバーデンにブラジルへ来いと誘われ、その気になって一年後にリオデェジャネ−ロでライブを聞きましたその後彼は忙しくて逢えなかった。それから、12年然、あの華やかなパリで再会した。嬉しかったね。コンサ−ト後に奥さんと3人でパリのプチカフェでコ−ヒを飲んだのが最後でしたその時のコンサ−ト会場の写真である。  
バ−デン、オブリガ−ド バーデンのHPをご覧さ。

   
http://www.brazil-on-guitar.de/home.html
   その時のコンサ−ト会場の写真である。 バ−デン、オブリガ−ド 
  1970105日、6日 ゛Live in Japan



 このレコ‐ドは
70 Live in Japan

RosinhadeValenca 
1972年サンパウロのあるライブハウスで一週間のライブがあった印象的だったのは演奏振りがとても男性的で素敵なスタイルだったその日の演奏会は私が今まで聞いていた演奏とは大違いであったバ−デンの弟子だけあって乗りが違う力強い個性が感じられた2週間の素晴らしい劇的な出会いであった。1992年に 心不全の為亡くなったと聞いている。残念な存在である ロジー二ャ・デ・パレンサ冥福を祈ります出会いをありがとう

                    

Makunbinio
1975年に帰国した時になくなったアミーゴの一人やさしく穏や
で人なっこいギターの話になるとひときわ目の色が輝くそれは貴
い芸術を愛する目あの目が私に何かめざめせるようなものがあったまた彼のギタープレーは実に個性的なリズム間が素晴しく残念なことに資料がただひとつ唯一の資料があるとすれば私が
日本に帰る時演奏してくれた一曲があるだけテープがある彼と私
の遠い思いでの一つであるマクゥンビーニョ 永遠に、、

           

Tonio Ramos  
最後のお別れに、トニオのお得意の曲、悲しみのサンバを
弾いてくれた。彼独特の乗りで土着的な乗りが良かった。
また、この様な乗りのあるレコ‐ドは無いのが残念ですね。
テ‐プに録音してあったが・・・・・残念盗まれた。
テ‐プデッキごと油断してしまった。マァ‐・・・・・イイヤ

   

   




バーデン・ボサ交流会  ボサノバ試聴  バーデン・パウエル、指導
 活動記録
 CD、紹介 My、CD 朗 読とギタ−  ギター教室 交通案内  YouPlay.html

  掲載の情報・記事・レイアウト・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載等を禁じます。